夜中に書き殴るお気持ち
なんとも言えない気持ちが溢れて、どうしたらいいのかわからなくなって、日記とか付けてたけどそれでも収まらないので気の済むまで吐き出そうと思い立ったはいいけど、どこに書いたらいいんだろう?ってずっと思ってて、なんとなくここにした。これをあげるかあげないかはさておき、とりあえず書いてみることにした。吐き出したらすっきりするかもしれないし。
まだ2025年始まって1月なのに喧嘩した。些細な言い合いから大きな言い合いになって、ざっくり言うとまあ方向性の違いっていうのかな。(バンドか?)
わたしは100か0の人間だから、自分が本当に大事な人以外は極力どうでもいいし、もっと言うと興味がない、関わりたくもない、わたしの世界には存在しない人だから。大事にすると決めた人ならばもちろん、幸せだったら嬉しいし、不幸ならば悲しい。自分がどうにかしてあげられるのならば全力で力になりたい。それがわたしの思う「大事にする」ということであって、それ以外の人が不幸だろうが、はたまた幸せだろうがそれはわたしには関係のないことで、正直に言うと本当にどうでもいいのだ。だから本当に心の底から「どうでもいい」と言ったら、その言い方にかちんときたらしくて「言い方が冷たい時がある」と怒られた。
その時はぜんぜん意味がわからなくて言い合いになったけれど、1人になった時にじっくり考えて「わたしが言ったことを他人に言われたとて、わたしは別に気にしないけれど、わたしとあの人は違う人間なのだから、わたしが気にしないことでも不快に思うかもしれない。その配慮は確かに足りなかったな。わたしの価値観は変えられないけれど、言い方は変えることができるよね」と言うことを自覚し、それをそのまま本人に伝えて仲直りをした。もう蒸し返すのはやめようねとお互いに言い合って、その日は終わった。
だけど、日が経つにつれてなんだかじわじわとわたしの心を蝕んでいって、頭からずっと離れなくて、なんだかモヤモヤが晴れない。この感情の正体はなんなんだろう?とずっと考えて、なんとなく自分のアイデンティティを否定されたような感覚がたぶんわたしは嫌なんだろうな、と言うことに気づいた。
と言うのも、長年ずっとわたしはヒャクゼロで生きてきたし、「あなたはそうだよね」と当たり前に周りに受け入れられてきた。もしかしたら周りの人は呆れて言わなかっただけかもしれないけれど、あからさまに「その言い方はないよ」だとか「そう言うのはどうなの?」なんて言われたことはただの一度もなかった。それがここにきて初めて、そんなことで怒られるなんて、正直「いまさら?」という気持ちしかなかったのだ。
もっと言うと、あなたの物言いだってわたしは気に入らない時あるよ、と。でもそれを指摘したことはない。わたしに対することでも、他人に対することでも。わたしに対することならば、「そう言う言い方は傷つくからやめよう」とは言うけどキレ散らかしたりはしない。それに今回の件はあなたのことは言っていないし、ここにいない人のことを話しているのに、それでも怒られる意味がわからなくて、もっとずっとあなたの言動にわたしは傷ついてきたけどな。それをどうこう言わないのは、あなたを傷つけたくないから、だから言わないのに、わたしを否定してまであなたは関係ない第三者を庇うんだ、と腑に落ちなかった。
いままで生きてきた中で、たくさん嫌なことを経験してきて、別にそこまで仲良くなくても良くした結果とんでもなく裏切られたり、酷いことを言われたり、それをまた無関係な人に口出しされて傷ついたり、色んなことを言われて傷ついて嫌になって、結果「大事な人以外ほんとどうでもいいな」という思考になった、それが31年間生きてきた言わばわたしの生きる術なのに、それを真っ向から否定された気がしてすごくショックだった。そんなどうでもいいことで怒るんだな、この人は、とがっかりさえもした。
でもなんとなくだけど、LINEの行間を読むに、この人も気にしてるのだろうなと感じる瞬間があったり、さすがにこう何度も喧嘩したり、話し合ったりしてきて、ちょっとしたニュアンスとか表情とかでわかるようになってきて(自惚れかもしれない)、たぶん思うことあるんだろうな、とか考えたり、なにもわたしの価値観を否定されたのではなくて、「そう言う言い方は誤解を生むし、結果的に自分が損するからやめた方がいいよ」ってことを言いたかったのだろうけれど、その言い方がわたしには気に食わなくて、態度でねじ伏せようとするところとか、なんだかちょっとな、と思ったり、結果的にお互い様だよねということに気づいた。
唐突に「もう嫌になったでしょ?」と言われたのがなかなかに衝撃で、あ、そういうこと考えるんだ、と。いつも喧嘩すると去ろうとするから、この人わたしのこと嫌になったら、今までの思い出なんて関係なしにいつでもバッサリわたしを切り捨てていくんだろうなってどこかでずっと考えてたんだけど、この人もまたわたしに切り捨てられることを考えたりするんだってことに気づいて、不謹慎だけど嬉しかったんだよね。わたしだけだと思ってたから。
「ならないよ」と言ったら「なんで」と言うので「わたしはあなたと一生友達でいると決めたから」と言ったら「一生…」って言って黙っちゃった。本当はね、あの時わたしが言いたかったのは「あなたのことを一生大事にするって決めたから」ってことを言いたかったの。
本当は喧嘩したくない、くだらないことでゲラゲラ笑ってたいよ。なにかしら怒らせる、あなたいつも突然不機嫌になるよね。そうするとさ、わたしは頭の中でパニックになるんだよ。どうしようどうしよう、って。さっきまで笑ってたのに突然氷点下になって、空気が凍る。近寄んなオーラ出してくるでしょ。わたしあれ本当に嫌い。あの日も言ったけど、言いたいことあるならその場で言えばいいじゃん。わたしは言ってるし、言ったらその後引きずったりしない。でもあなたいつも時間差で怒るし、それがいつもわからない。
あなたに酷いことをたくさん言われて、コンチクショーと思うこともたくさんある。なんなんだよ、と思うけれど、でも、それ以上にたくさんの心遣いをもらってる。抱えきれないほどの優しさをもらってるし、わたしはそれにずっと感謝してるから、まあいいか、と思えるんだよ。だから一生大事にしようと決めたの。
こんなに喧嘩したり言い合ったり、些細なことでムカついたりするなんてわたしたちよっぽど相性が悪いのかもしれない、と落ち込むこともままあるけれど、結局大好きなんだ。あなたといる時間が好き。くしゃって笑った顔も、しょうもないことで顔が痛くなるくらい笑ってる時間も、他人からしたら取るに足らないことで感動しあったり、喜び合える時間も、2人にしかわからない謎の言葉も、何時間話しても話し足りないのに、覚えてない内容も、すべてが愛おしい宝物なんだよ。だからずっと大好きなままでいさせてほしい。わたしが一生って決めたら一生だから、勝手にあなたの中で終わりにしないで。あの日も言ったけど、あなたがもう嫌だって言ってわたしから離れていくならばそれは仕方ないけれど、わたしから離れることは絶対にないから。それがわたしの「一生」だよ。
愚痴を書こうと思ったのにラブレターになってしまった。こんなん本人に見られたら終わるわ。敵わんね。ムカついてたことがどうでもよくなるくらい、大好きなんだってことに気づけたので良かった。おわり!もう終わりにします。こんなに大好きになれる人、他にいないもんな。大事にしよう。おやすみなさい。
ちょっと愚痴。
仕事のストレスがやばい。慢性的な人手不足、ブルドーザーみたいな上司、日々の忙しさ、唯一の救いは一緒に働いてくれてるパートさんには恵まれてること。むしろそれがあるから今ここにいるだけで、なかったらとっくに辞めてると思う。それほどに酷い。
時々、ケーキ屋時代を思い出す。あの頃は加えて人間関係も最悪だったのでゆるやかに少しずつじぶんが人間であることを忘れて、本当に静かに心を殺していったけど、今は幸いにして周りにたくさんの理解者がおり、わたしが少し沈みかけるたびに「こっちだよ」と引っ張り上げてくれる人がいる。だからこそわたしは人間でいられる。息ができる。
それでもここ最近は本当にひどい。まず、頼りにしてたパートさんがひとり旦那さんの転勤でいなくなってしまった。その際にブルドーザー上司であるマネージャーが補填としてもうひとり社員を店舗に置こうかと言い出した。
当時、マネージャーはうちの店舗ではない場所にいるとある社員を追い出そうとしていた。そのやり方がひどかった。本人には伝えずに、周りにいるパート、ひいてはあまり関係ないわたしたち他店舗の人間にまでそのことを伝え、面接をし、着々と人を集めていた。さて、準備が整ったところで問題の本人に辞めるか、もしくは本社管轄の方に移るか(本人には上を目指さないか?というていで話をしていた)の提案をした。本人は悩んだ末に本社管轄を選んだ。どのみち上にいかないのであれば辞めるしかないということも仄めかしたらしい。
その話を聞いた時にわたしは心底ゾッとした。確かにその社員はたくさんの問題を抱えていたし、周りの人たちからも十分すぎるくらい嫌われていた。どこに行ってもその人に対しての文句しか聞かないような、そんな人間だった。働き方も、人を動かすのも、休むことすら下手くそな人だった。そのくせプライドだけは無駄に高かったし、拘りも人一倍あった。そんな人に上司は散々振り回されたと言う。
だとしても、だ。それだけの被害を被った結果としてそのやり方をやるのは別にいい、百歩譲っていいとしても、その話をわたしたちに楽しそうに話すのはどうなのか?
わたしがもし、いらない社員になったら同じような手順で辞めさせられるのか?と、怖くなった。周りのパートさんに「もしそう言う話があるならば絶対にわたしに話してほしい」と伝えた。知らずに周りを固められるなんてごめんだ。
そんなことがあってすぐにもうひとりの社員の提案だ。少し考えてみてほしい。普通に考えて「わたし飛ばされるの?」ということしか浮かばないだろう。わたしが難色を示したら上司は「もっと喜んでくれると思ったのに」と言った。なにをどうしたら喜べるのか。まったく嬉しくない。
わたしは素直さだけが取り柄なので率直に「わたし飛ばされるんですか?」と聞いた。上司は全力で否定したし、その言葉が嘘だとは思っていない。それでも誤解されるような行動をしているのはあなたなのだ。唯一救いがあるとすればわたしに直接話してくれたことだろう。「この話はあなたがイエスと言わなければ進まない」とも言われた。そこは飛ばされた社員と明確な違いがあることもわかった。それでもわたしの不安は拭えなかった。
わたしに対して絶対やらないという根拠などどこにもないし、一度見せられた以上「この人はそういう手札を持っている」と思ってしまったからだ。もともと人を駒のように扱うような人間だった。そういう部分がわたしとは相容れない部分であり、わたしはそこがどうしても許せなかった。
上司はわたしがここ最近不安そうな顔をしていたから説明しなければ、と思っていたと言った。それでその話をしたあとやっと話せたからか大層満足そうにしていた。わたしはといえば胸に小さなしこりが残った。無論、納得などしていなかった。
上司の主張は、もうひとり社員を増やすことによってわたしの負担が減るだろうということだった。もちろん2人もいらない部分もあるのでそこは向こうに他店舗も兼任してもらい、わたしはあくまでも現状維持、現場のトップはわたしであることは揺るぎないと言う。
しかし、わたしが入社当時もう1人の社員がいた。わたしはその社員から今の店舗を引き継ぐ形で店長となった。そしてその社員はマネージャーへと昇格し、やがて色々な理由から辞めていった。
もちろん思い込みも甚だしいし、わたしにそこまでの大きな力がないことも重々承知の上で、時々わたしがあの人の居場所をとって食ったような気持ちになることもある。だからこそ、わたしもいつか逆のことをされるのでは、とどこかで思っていた。いくら口で言われてもわたしよりも仕事ができて、わたしよりも場に馴染めて、わたしよりも売り上げを上げられる人だったら?そんなことを考えてもキリがないし、自分が頑張ればいいだけのことなのもわかった上で、今までの上司を見てきたからこそ簡単に切り捨てられそうで怖かった。
もちろんその時はこっちから辞めてやるよ、と言う気持ちもないことはない。でもわたしは今の店舗が、そこにいる人たちが、すごく好きだ。みんなのことがとても大事で、大切な仲間だと思っている。みんながいるから頑張れている。そう簡単に割り切れないものもある。だからこそ怖い。怖かった。
不安な毎日の中で当初来る予定だった社員が最終面接後に音信不通になった。結果的に社員はこなかった。ほっとしたのも束の間、社員が来るから、とすべてを片付けていたたくさんの問題が急に目の前に積み上がった。人がいない。とにかく人がいない。
社員の面接の進みが想像よりも芳しくないことから上司にひとまずパートを募集するか?と聞かれたが飽和状態になることを恐れて断ったことが敗因だった。わたしも上司も社員が来るから、と楽観視してた問題が急にとても困難な問題のようにその時は見えた。
そんな人がいない状況でふいに上司に「昼ピークの2時間だけの人がいたら面白くない?」と提案された。わたしの内心は「面白くねーよ」だったのだが、「ちゃんと正規の時間の人がいて、それで+αそういう人がいるならばいいですけど、2時間だけの人が来られても困ります」と答えたら「それはもちろんそうよ。当たり前だよ」と言ったのだ。確かにそう言った。
それなのに、だ。募集を同時進行でかけたのだ。結果、少しの差はあれど、ほぼ同時期に新人が5人入った。上司は「もう少しの辛抱だから」と言うが、それをトレーニングするのは誰だと思っているのか。紛れもなくわたしなのだ。5人に同じことを繰り返すのも、シフトのあれこれを調整するのも、全部がわたしの仕事なのだ。もう少しの辛抱…?
そんな折に祖父が亡くなった。92歳だった。家族は皆大往生だね、と言っていたがわたしは寂しかった。祖母は小学生の頃に亡くなっていて、当時幼かったわたしはあまり人の死というものがぴんときていなかったが、大人になった今、身近な人の死が与えるものがこんなに大きいとは思わなかった。
おじいちゃん子だったわけでもなく、どちらかといえばあまり多くは語らない祖父はわたしの中でどこか取っ付きにくい、なにを話したらいいかわからない存在ではあった。それでも数年に一回はみんなで旅行に行っていたし、定期的にご飯も行っていた。わたしをわたしたらしめるものの中に微々たるでも確実に祖父の存在はある。それがひとつ欠けた。
忌引きの連絡を上司にした時、返ってきた言葉はお悔やみの言葉などではなかった。あろうことか仕事の話すらしてきた。このタイミングでする話では絶対にないと言うことは少し考えればわかるだろう。そりゃぁ祖父だけど、それでもわたしにとってはこの世でたった1人の大事な祖父なのだ。あなたにとってはありふれた死のひとつなのかもしれない。けれど、わたしにとっては違うのだ。そんな想像力もないことにわたしは心底がっかりした。何度目かわからない失望を味わった。「この人は仕事の悪魔に魂を売った人なんだ」と思った。
もうすべて投げ出して消えてしまおうか、とも思う。それと同時にわたしはまだこの文章を書けているから大丈夫だと思う。わたしは自分のメンタル具合を自分の気持ちを言葉にできるうちはまだ大丈夫、とひとつの目印にしている。これがなにも言えなくなったら終わりなのだ。たぶん辞めるだろう。
けど本音を言うとしんどい。もう、シンプルにしんどい。どうしたらいいのか、どうしたら息苦しい毎日を抜け出せるのか、わからない。ケーキ屋時代の方が100倍辛かった。本当に。
でも未練もなかった。いつだって辞めてやると思っていたし、辞める時もなんの寂しさもなかった。でも今は違う。わたしには責任者という立場がある。あの頃と違っていまは簡単には辞めることができない場所にいる。みんなのことを裏切りたくない。無責任なことをしたくない。すごく有難いことにみんながわたしを頼りにしてくれてることを痛感しているから。これは大袈裟ではなく本当にそうなので、自意識過剰と思われても構わない。
でも、時々それがわたしの上に重くのしかかってくる。大事だから大事にしたいし、簡単には裏切れないからこそ、わたしはどっちにも進めない。どうしたらうまく息ができるのかもよくわからない。なにがしたいのかも、なにをすれば楽になれるのか、どういう心持ちでいればいいのか、二進も三進も行かない。
とにかく息苦しい。日々心がすり減ってくのをぼんやり眺めることしかできなくて、しんどい。
2年ぶりに会えたゆずはやっぱりゆずだった。
備忘録。
2018年、人生で初めて杜の音に当たった。台風でだめになって、結局文体でのライブになった。楽しかったけれど、悔しかった。それを経て2019年8月、やっと身曾岐神社のライブに来れた。身曾岐のライブに行くことは高校生の頃からの夢だった。ゆずっことしての夢は山ほどあったし、今もある。オーラスでツアーお疲れ様の唄を聴くこと。冬至の日ライブを生で観ること。街中で悠仁にばったり会うこと。誕生日にライブに行くこと。叶ったものもあるし、叶わなかったものもある。これから叶えたいことも。その中の一つが身曾岐ライブに行くことだった。
そんな10年越しの夢を叶えたあの日から、2年もゆずに会えなくなるなんてそれこそ夢にも思ってなかった。アルバムを出して、それを引っ提げたツアーをして、終わったらまたライブをして、そんな風に当たり前だった日常がずっと続くと思ってたし、それを信じて疑わなかった。この世に当たり前のことなんか何一つとしてないのにね。
TOWNが中止になって、オンラインでの開催が発表された日、悔しい気持ちも勿論あったけれど、でもやっぱりほっとした気持ちの方が大きかった。今はライブには行けない、でもライブは見たい。やってほしいけどわたしが行けないならやってほしくない、という自己中心的な気持ちを抱えていたから。だから、これは本当に英断だし、寂しいけれどそんな悠仁だから、厚ちゃんだから、ゆずだから、わたしは15年好きでいられたんだと心の底から思った。
配信でのTOWNは本当に素晴らしくて、これが生で観られなかったことは本当に悔いでしかない、こんなに準備してくれてたゆずの気持ちを考えるとやるせなかったからせめて画面の向こうから目一杯楽しもう、それがゆずっことしてできるすべてだと。
だから、そんなライブの終わり、有観客ライブをします!とゆずが高らかに宣言した時、正直、素直に嬉しかったかと聞かれたら嬉しさは20%くらいで、あとは全部戸惑いだった。どこか裏切られたような気持ちにさえなった。ゆずが観客を呼んでライブをする。2年も会えなかったゆずに会える。こんなに喜ばしいことはない。でも、果たして今ライブに行っていいのか?今このタイミングでライブをすることが本当に正しいことなのか?どうして今なんだろう。わたしが信じてきたゆずはそんな人たちだったっけ?身勝手にそんなことを考えた。
JAPANのインタビューを読んで泣いた私の気持ちを返して!なんてそんなことも考えた。ファンって勝手だよね。
行かなければ絶対に後悔する。だけど、行っても後悔する気がした。でもどのみちチケットがなければ行くも行かないもない、と応募を決意した。外れればそれまでだ。当たれば………うん。
結果、当たった。ほっとした半分、当たっちゃったよどうしよう半分。正直に言うとめちゃくちゃ悩んだし、思うことは本当にたくさんあった。あれから2年経っちゃった。あんなに好きなゆずのどこがどんな風に好きかわからなくなった。目に見えないからどこにあるのかもわからなくて、曲を聴いてもぴんとこなくて、会ってないと不思議と気持ちって冷めるもんなのかなって思ったりして。
でも、思えばわたしの好きなゆずは他人の言う間違ってるとかどうかより、自分たちが正しいと思ったことをしてきていた。震災があった年、世の中が今本当にライブをするべきなのかどうかわからない微妙なムードな中、「僕たちは今までも音楽でエールを送ってきたのだから、今こそエールを届けたい」とライブを決行してくれたのもゆずだった。きっと批判もたくさんあったと思う。でもそんな中で、二人でできる最大限のライブとして、ツアーの内容を大幅に変えて、スタッフもトラックも限界まで減らして、できるだけのライブをやってくれた。あの時のライブをわたしは忘れてない。最小限で最大限のことをいつもしてくれるのがゆずだ。変わらずに変わり続けるのがゆずだ。そんなゆずだから好きなんだ。
そんなゆずが考えて決めたことをわたしもちゃんと見届けたい。余計なものを全部取っ払って、結局残ったのは「ゆずに会いたい」もうそれだけだった。他の人がなんと言おうとわたしはゆずに会いたかった。
できる限りの対策をして挑むことに決めた。マスクはもちろんアルコール消毒、手洗いうがい、日々の体温測定、その他もろもろ。
前日はドキドキしてなかなか眠れなかった。朝起きた時も緊張で心臓が張り裂けそうだった。こんな気持ちになったのなんて何年ぶりだろう。楽しみより緊張で吐きそうで、心の底から楽しみだと思えないライブは生まれて初めてだった。
会場についてからも落ち着かなくて、ずっとそわそわしてた。人生で初めて座ってラジオ体操をして、シュールな気持ちになって少し楽しくなってる自分がいたのに、暗転してから一変、映像が流れた瞬間、訳もわからない気持ちになって気づいたら泣いてた。
二人の声だけでアゲイン2が始まって、体いっぱいにゆずの歌声を受け止めた時、暖かいお風呂に浸かって体の芯から暖まった時のように全てが満たされていくの感じて、やっぱり涙が止まらなかった。そうだった、これが、この歌声がずっと聴きたくて、ずっとここに来たかったんだ。この2年間、生きてるけど、生きてないみたいな、自分じゃないみたいな、どこか抜け殻みたいな気持ちでいた。でも、今、生きてることをものすごく実感してる。なんていうか、バラバラになってたパズルのピースが一つずつ嵌まっていく感覚というか、散り散りになってた心が元に戻ってくのをすごく感じた。長い間帰れないでいた実家に戻ってきたような安心感に包まれて、これが幸せだってことをはっきり思い出した。
感染対策のために1時間半と短い時間だったし、立つことも声を出すこともできない、勿論マスクは必須だし、途中換気タイムを挟んだり、規制退場だったり、いつもとは違うライブだったけれど、そんなこと気にさせないくらいの幸せをたくさんもらった。
悠仁も言ってたように、なにが正解なんて誰にもわからない、でも間違いなく今この瞬間が全ての答えだし、誰がなんと言おうとこの時間は間違いなんかではない。なんで今、とか考えたけれど、悠仁だってたくさん悩んで、迷って、わからなくなって、葛藤した末に決めたことで、ファンのことを考えてないとか、そんなこと1ミリもないのに自分のことばかりになって決めつけて、なにもわかってなかった。初日に「こんなに複雑な気持ちで迎えた初日は初めてです」と悠仁が言っていたと聞いて、同じなんだなと。
それに気づけただけでも、やっぱりここにきてよかった。中には否定的な人もいるだろうけれど、わたしはやっぱり、ゆずに会えない人生ならそんなものいらない。自分勝手だって怒られるだろうけど、ゆずに会えないで生きるなら、ゆずに会って死んだ方がましだよ。もちろんゆずに会って生きるのが一番なことは大前提で。
だってわたしは15年間ずっとそうやって生きてきたし、そういう生き方しか知らないから。
ということを「NATSUMONOGATARI」聴いてたらバーーー!!!って考えて、頭にしまっておけないから文章にしてみた。ライブから何日経ってるんだよ、今更なにをって感じだけど、ゆずくんが立ち止まる時、そしてまた歩き出す時、わたしはそれら全てをちゃんと見ていたいなと思いました。
本当に幸せな空間の謳おう(in your heart)を、ゆずくんも、スタッフの方々も、ありがとうございました。心から感謝しています。そしてゆずもスタッフさんもゆずっこも、誰一人として何事もなく終わることができて、本当によかった。生きてるってすごいことだよね。
ゆずが、ゆずっこが、ゆずに関わる全ての人が、そうでない人も、健康でいられるように祈りつつ。必ず、またあおう。
エラーくんのはなし(💞)
こんばんは!あけましておめでとうございます🎍
今年も好きなようにゆるーくはてなブログを書いたり消したりしたいなと思います。
出し抜けにあれなんですけど、わたしの好きなクリエイターさんにerror403(エラーヨンマルサン、通称エラーくん)という方がいらっしゃるんですけど、いつから好きなんだろ〜?と思ってカメラロールを遡ったらどうやら2013年らしい。ハ〜!8年!8年!?!?!?
そもそもがわたしのお友達(友達という表現が正しいかどうかはわからないんだけどその話をすると長くなるし面倒なのでここでは便宜上友達とします。ていうか友達でええやん!と思うでしょうけど友達ではない。)が好きで、「エラーくん好きなんだ〜」「ふ〜ん」みたいな会話から気づいたらがっつり自分も好きになっていたんですけど。
さっくりご紹介します。エラーくんとは。
https://www.notion.so/error403-info-aa18036635064b66acca85fe99d7837d
(ユニークなサイトです)
主にTwitterでイラストを投稿したり、かわいいLINEスタンプを配信したり、不定期でロフトやヴィレバンでぬいぐるみなどのグッズを販売したり、アーティストさんのアニメMVを作成したりとマルチに活躍してらっしゃるフリークリエイター、作家、キャラクター。
本人曰く「アカウント」「作家」「キャラクター」の好きな部分を好きなように受け取ってくれていい、とのこと。
000. 活動概要と支援について|error403|pixivFANBOX
こちらですね。わたしは好きでよくグッズを使ってて最近で言うとパスケースがエラーくんなので、「エラーくんって何なの?」ってよく聞かれるんですけどわりと返答に困るんですよね。「Twitterで活動してる三角のなんかかわいいの」みたいな。だからそれがなにって聞かれたら「うーん、クリエイター」みたいにしか答えられないんですけど。

エラーくんパスケース(💘)
よくはんぺんとかイカ(🦑)とかわたしの周りではくもじろう(誰なの)とかおにぎり(🍙)とか言われるんですけど全部違うんですよね。「じゃぁなんなんだ!」って聞かれたら困るんですけどとにかく「三角のかわいいやつ」です。
さいきんの活動で言うとボードゲーム「メイメイ」を作ってました。(もちろん買ったよ)(たのしい)
ボードゲーム作った pic.twitter.com/as7gTXaRnF
— 2nd_error403 (@2nd_error403) 2020年12月2日
ちなみに上のFANBOXでも話してるようにエラーくんのTwitterアカウントは6つあります。
error403 (@error403) | Twitter
(本体、とわたしは呼んでいる)
「アレがむかつくそれだけ」みたいに単純じゃなくて、いろんなシェフが一枚ずつ生地を持ってきて重ねたミルクレープみたいに意味わかんないストレスの重なり方がある
— error403 (@error403) 2013年1月18日
このツイートがすごくすき。
2nd_error403 (@2nd_error403) | Twitter
(たぶんみんなが思う、わたしも思うエラーくん。エラーくんの心に内在するもの?)
— 2nd_error403 (@2nd_error403) 2020年10月31日
かわいいイラストを投稿したり
気持ちの切り替え pic.twitter.com/mvftZcYcRU
— 2nd_error403 (@2nd_error403) 2018年5月12日
目から鱗〜!な考え方を教えてくれたり
期待なんて君が好きに感じればいいんだよ、自分が加速一番出来る好きな程度の期待を感じればいいんだよ。君はすごく期待されてるし全然されてないんだよ
— 2nd_error403 (@2nd_error403) 2010年11月29日
いうこと言う…っていうことをツイートしたり
つくった pic.twitter.com/IgzpU6NSIo
— 2nd_error403 (@2nd_error403) 2020年4月28日
楽しいことを共有してくれたり
\ ピ / を通訳するスマートスピーカー pic.twitter.com/i8DBEmWJKw
— 2nd_error403 (@2nd_error403) 2019年6月27日
クスッとできるまんがを投稿したりしてます。
3rd_error403 (@3rd_error403) | Twitter
(好きなものを手に入れるアカウントだそうです。)
グミのぬいぐるみ を手に入れました pic.twitter.com/VpTtcaGnGl
— 3rd_error403 (@3rd_error403) 2020年5月31日
手に入れたぬいぐるみ(🧸)とかをシンプルに報告してくるだけのアカウントです。
4th_error403 (@4th_error403) | Twitter
(よくわかんないけどエラーくんの脳みそって無限の泉なんだなって思いますね。)
5th_error403 (@5th_error403) | Twitter
(ひたすらオノマトペとかがTLに流れる。)
プウプウプウ
— 5th_error403 (@5th_error403) 2020年12月30日
意味がなさそうだったり
メイメイ?
— 5th_error403 (@5th_error403) 2020年12月2日
関連してたり?うーん、なぞ。
6th_error403 (@6th_error403) | Twitter
(告知アカウント)
こんな感じで6つのアカウントで活動しています〜!謎多きクリエイター、エラーくん。
https://instagram.com/error403?igshid=3uu3q7hc7jqw
インスタグラムもやってるよ!ストーリーズの「そっちはどう?」っていうのがめちゃくちゃ癒されるし「考え方好きだな〜」ってなるのでおすすめです。覗いてみてね。
LINEスタンプも充実しているよ〜!

(例の友達?とのいつもの流れ)
着せ替えもあるのでぜひぜひ〜。
めっちゃいい〜MV
U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS / 七曜日(Nana-Youbi) - YouTube
で、なぜ突然エラーくんの宣伝を露骨にしたかと言いますと、今年のエラ通信(エラーくんが不定期に配信してるセブンネットプリントを活用したフリーペーパーのようなもの。20円なのでフリーではない。)を読みまして。
エラ通信 2021新年号
— 2nd_error403 (@2nd_error403) 2021年1月2日
セブンイレブン ネットプリント
💰( ¥20 )
🔑【 11015474 】
⏳(2021年1月9日まで) pic.twitter.com/fOvDI8NEXg
(1月9日までなので気になる方はお早めに〜🏃♀️)
なんかこう思うことがあったんですよね。わたしはエラーくんが好きだし、もちろんグッズが出たら買っているしツイートにいいねを押したりしてます。長年応援しているつもりだったんですけど、それはあくまで"つもり"だったのかなあ、と気づきまして。生々しい話をするとお金ですね。本人に直接入るなにか、みたいなものってないなって。そこで時期も時期なので「今こそFANBOXなのでは…?」と思って本当に今更ながら支援を始めたんですね。
本当に微々たるではあるんですけど月々に直接入るお金があるっていいことだなって。そこで支援者限定公開の「もしもしpost」っていう音声データ(ラジオのようなもの)を聴いて、まぁ初めてエラーくんの声を聞いて、当たり前のことなんだけど「あ、エラーくんって実在するんだ」とか「エラーくんも人間なんだ」ってことを再確認したと言うか、改めて知ったと言うか、その時にふとわたしは作品を通してエラーくんにたくさんのものを頂いているのになにも返せてないのはフェアじゃないよなあなんて思って。
例えばゆずだったら、顔を出しているからテレビにも出るしライブに行けば会えるし"人対人"っていうのをダイレクトに感じることができるけど、エラーくんのような匿名のクリエイターさんだと顔が見えないから、キャラクターとして捉えていると"人対人"だということを忘れてしまいがちになってしまうなってことをふいに思って。もちろん匿名性だからこその良さはたくさんあるし、そこは活動の場の違いってだけなので、こちら側の捉え方としての話です。だからそういう風に捉えてると人間だと言うことを忘れがちになってしまうので自分がひたすら搾取して終わってしまってるんじゃないかなとふいに怖くなったんですよ。
なのでFANBOXで支援を始めて、なおかつ本人の目に入るかどうかはさておき、ちゃんと好きを発信していこう!と。それがなんだってなるかもしれないけど、まぁ言っちゃえば公共の場を使ったラブレターですよ。エラーくんの記事を読んでてちゃんと目に見える応援をしたいな、と思ったことがきっかけです。言いたいこと上手く言えてるかわかんないけどそういうことです。
すごく個人的な話になりますが、エラーくんの考え方が本当に好きでこんな風に生きたいな〜と思うお手本の一つなんですけど、むかーし嫌いだった人がいて、でもその人がちゃんと話してみたら実はいい人だった!っていうことがあったんですね。それまでずっと口も聞いてなかったし勝手に毛嫌いしてたのに普通にいい人で今までの自分はなんだったんだろう、本当に嫌なやつだって落ち込んだことがあって。そんな時にエラーくんにリプライで相談したんですよね。

その返答がこちらなんですけど。なんかすごいこの言葉が今でもわたしの心の中にあって。もちろん今でも嫌いな人は嫌いなんですよ。そこはなかなか変われなくて、でも「あーこの人嫌いだな〜!」って思った時にいつもこのお返事を思い出して「うんうんそうだよね」って考えるんです。どうしようもなくて「うーん、それでも無理!」ってなることはもちろんあるんだけど、それでもわたしの心の支えなんですよね。
だからこういう風にエラーくんにもらった宝物たちへの恩返しじゃないけど、お返しみたいなものをね、少しずつ返して行けたらなって思います。
というわけでエラーくんへの気持ちを書き殴ったわけですけど、これからも絶対応援するし永遠に好きな自信アリアリなのでまたブログを書こうと思います。持ってるグッズ自慢とかしようかな。なかなか手に入りづらくてそんな持ってないけどネ。
それではおやすみなさい(🛌)
(マサカ イマサラ!?)2020年DRESS CODEレポ
こんばんは。せっかくなのでちゃんと書こうかなという気持ちになったのでいろいろ中途半端で投げ出してるレポやらなんやらをかき集め、さらに記憶を手繰り寄せ、書き加えたものを投稿したいと思います。途中からおぼろげ〜な感じになるので正確さは欠けます。こんな雰囲気だったんだな〜と思っていただければ。
さて、2020年1月14日。ひだりっこにとってかどうかはわかりませんが、少なくともわたしにとってなによりも大切な日。千葉県は舞浜市、舞浜アンフィシアターでの悠仁のバースデーライブ、DRESS CODE。
今年はなんと舞浜。ディズニーといえば悠仁、悠仁といえばディズニーですが、まさか舞浜でライブやっちゃうとは、さすが夢と希望を具現化した男。
わたしにとっては例年期待して応募して外れてチクショーと思うまでがDRESS CODEだったので今年は正直言うと応募したけどまったく期待してなかったしなんなら応募してたことすら忘れてたので、当選メールが来た時一瞬なんの話だ?って思った。
わたしライブの応募なんてしたっけ?え、詐欺?みたいな。ぜんぜんしてた。
当日は会場についてからもどこかふわふわした気持ちがおさまらず…MCで悠仁が「今年は"My Musical Roots of Dream"って書いてあるように夢のような時間にしたいと思います」って言ってたように本当に夢みたいな時間だった。
いろんな思いが溢れてるのでごちゃごちゃしてるし自己満極まりないけど、お付き合いいただければと思います。だってもう一生に一度かもしれないし。
18時開場、19時開演だったんだけどそれに先駆けて16時にロビーを開場してドリンク販売とパネル写真が撮れるとのことで15時くらいにはすでに列が結構できてて、始まる前にはすごい列だった。スタッフのお兄さん、「再入場はできますか?」との質問に対して「再入場は可能ですので……可能です(笑)」って言ってて広がる笑いと和む場。かわいかったな。
パネル写真撮ったけど見返したらめちゃくちゃブサイクで笑ったな。顔がガチガチに緊張してて、こんなの本人目の前にしたら写真なんてとてもじゃないけど撮れないだろうなって。


暇だったのでノンアルもサングリアも飲んでしまった。このコースターサイン入りがあるんだって、わたしの斜め前の人が持ってたけど羨ましかったなあ。

今年の厚ちゃんのお花はこんな感じ。去年はハートだったんよね?笑笑
リアルでみたかったなー。今年のお花も立派で素敵だったけど。
隣の席の女性がとても気の合う方で、いろいろなお話をさせてもらった。6Pチーズが本当に楽しみですね、という話だけ鮮明に覚えてる。
[セトリ]
1.DRESS CODE
2.あの紙ヒコーキ くもり空わって/19
3.サヨナラCOLOR/SUPER BUTTER DOG
4.正夢スキャット *新曲
5.夕暮れどき/ゆず
6.ぼくの漫画の主人公/ゆず
7.Don't Let Me Down/The Beatles
8.君はロックを聴かない/あいみょん
9.リメンバー・ミー/シシド・カフカ
10.traveling/宇多田ヒカル
11.LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜/サザンオールスターズ
12.Pretender/Official髭男dism
13.セロリ/山崎まさよし
14.夢の地図/ゆず
15.6Pチーズ
(アンコール)
16.星に願いを
17.贈る詩/ゆず
18.We Are The Champions/QUEEN
1.DRESS CODE
ずっとずっと聴きたかったDRESS CODE。公式が上げてくれる短い動画ですら悔しい気持ちになるのでちゃんと観れたことがなくて、やっと生で聴けてその溢れ出る魂とエネルギーと熱に圧倒されて、わかりきってたことなのに改めて「ああ、かっこいいなあ…」とはっとさせられた。この人、こんなにかっこいいんだって。
10年以上も追っかけ続けてる人にそんなことを改めて思わせるんだから本当にすごい。マンネリを知らない男、北川悠仁。飽きる気がしない。怖い。
2.あの紙ヒコーキ くもり空わって/19
「激レアな曲やります。激レアだよ。」って念押しして歌ってくれた曲。前奏の後「ね?レアでしょ?」と少し嬉しそうな悠仁。歌い終わった後も「激レアだったでしょ?」と。「ちなみに今の曲知らない人いる?結構いるね。(左の方見ながら)ショック受けない、俺も世代だから!」
ちなみにわたしは知らなかった。19という名前は知ってるけど曲は聴いたことなかった。
「コブクロさんとかいきものがかりさんとかがまだ出てくる前、なんでおれ後輩にさん付けしなきゃいけないんだ(笑)コブクロとかいきものとかが出てくる前に、19とか唄人羽とかがいて、共にその時代を過ごしてきた仲間たちがいて、音楽もそれぞれだから俺たちはありがたいことにこうして今もやらせてもらっているけど、もう音楽から離れてしまった人たちがいて、そういう人たちの音楽を改めて歌ってみました。」みたいなこと言ってた。あやふやだけど。
初めて聴いたけどめちゃくちゃいい曲。「尊敬する大先輩の忌野清志郎さんと、竹中直人さんにお声がけいただいて、映画を作ったんですけど、次歌う曲はその映画の曲で、そもそもこの曲を元にした映画で、俺もここで聴くまで知らなかったんだけどすごくいい曲で、もちろん自分の曲も聴いてほしいよ。そりゃ自分で作ったんだから。でも、それ以上にいい曲をみんなに聴いて欲しい。こんなにいい曲があるんだから、聴いてほしいなって気持ちはいつも思ってる。」って言って歌ってくれた曲。
わたし、悠仁のこういうところが好き。音楽を愛して、音楽に愛されてるところ。ちなみにDRESS CODEで歌ってた曲は帰ってから全部ダウンロードしました。(笑)
4.正夢スキャット *新曲
「このライブは歌ももちろん歌うけど、俺自身のことも紹介したいなと思っているので、紹介していきます。」と小さい頃の写真。かわいい。お得意のポーズ。「このポーズこの頃からしてたんですね。手がね下に行きがち、ち◯ち◯触ってます。」今の写真と並べて比較。


ほんとに悠仁のこのポーズよく見る。(笑)
続いてカラオケをお父さん?としてる悠仁の写真。「昔の曲ってなんか普通に歌ってたけど、よくよく聞くと歌詞がちょっと色っぽいんだよね。そんな昔の曲みたいなちょっとエッチな曲です。」
「みんな褒める準備しといて。いい?新曲書いてきました。偉いでしょ?今年はアルバムもあるしツアーも控えてるんだけどそんな中新曲作りました。偉いでしょ?ゆずではあんまり歌わないような曲です。今まで全然なんとも思ってなかったのに、夢で出てきたら"あれ?俺あいつのこと好きかも知れねえな?"みたいに思うことないですか?この曲はそんな気持ちをジャズ風にして作ってみました。」
すごいなんかえちえちな曲だった…。まんまだけど夢で見た君が気になっちゃってなにを捨ててもいいから君を抱きたいみたいな曲だった…….すごいよかった。えちえちでした。(しつこい)
5.夕暮れどき/ゆず
「懐かしい曲歌います、俺の曲です。」で歌ってくれた!初めてライブで聴いた。めちゃくちゃに嬉しかった。この曲大好きで、着うたフル取って(懐かしい笑)いつも聴いてたなあ。
6.ぼくの漫画の主人公
ここからメモが残ってないのでおぼろげな記憶を手繰り寄せ書いていきます。間違いがありまくると思うのでさらっと流していただきたい。
悠仁といえば切っても切れないのが"ぼく漫"
まぁお決まりの太っていた頃の悠仁の写真が出る。(笑)
風のせいですごい太ってるように見える写真を出して「これ風のせいでこうなっちゃっただけでここまで太ってないから」と悠仁。(笑)
この辺でたしか初めてディズニーに行った時の写真も出してくれた。一緒に行った相手は、岩沢さんでした。笑笑
中三の頃だったかな??
7.Don't Let Me Down/The Beatles
Beatlesの思い出を語ってくれた後に歌ってくれた曲。屋上でこの曲を歌ってるのを見て心を打たれたんだとか。
そういえば中学生の頃、悠仁が尊敬するアーティストにジョンレノンを挙げてて、それに影響されてBeatlesのアルバムを買って聴いてた時期があったんだけど頭痛くなって聴くの辞めたな。笑笑
洋楽=頭が痛くなる。たぶんなにを歌っているのかわからないからだと思う。
でも悠仁が歌うBeatlesの曲はものすごく胸を打たれた。この人が歌うときっとなんでもわたしの心にすとんと落ちる曲になるんだろうなと思った。めちゃくちゃくさいこと言うけど、悠仁の音楽への愛と情熱がそうさせてるんだと思う。
舞浜なのでディズニーの曲も、と言って歌ってくれた曲。
この映画悠仁が見たって言ってたから見たな。ボロボロ泣いた。YouTubeの短い動画ですら泣ける。
11.LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜/サザンオールスターズ
これがもう……もうね、やっばかった。歌ってる後ろで悠仁と舞浜デートしてる気になれる映像が流れるんだけどこれが本当にもう……「あれ?悠仁ってわたしの彼氏だったかな?そういえばそうだったかもしれない」という謎の錯覚に陥った。


これはねぇ……いけませんよ。けしからん。
北川悠仁のこういう部分が心臓を鷲掴んで離さないのだと思うと本当にけしからん。ちなみに上は待ち受けです。けしからん。
12.Pretender/Official髭男dism
歌い終わった後に「いい曲書くなぁ……ちくしょーいい曲書くなぁ……」って言ってたのがすごい印象的だった。悠仁が新しいものを常に生み出し続けられるのってインプットが多いからなんだろうな。
自分より後輩の音楽は聴かないって人もいる中でヒットチャートをしっかり聴いてたり、ボカロとか様々なジャンルにもちゃんと手を出してて、そうやって常に良い意味で貪欲でいられるからこんなにも素晴らしいものをコンスタントに生み出していられるのかなって思った。
そしてめちゃめちゃ個人的な話ですが、髭男のボーカルが前の職場ですごく嫌いだった先輩に顔が似てるというただそれだけの理由で聴くのを避けてたんだけど、「悠仁が歌ったらもう仕方ないよね」ということで帰り道ソッコーDLしました。(笑)
15.6Pチーズ
いっちばん聴きたかった6Pチーズ!DRESS CODEといえばこの曲!泣くだろうなとは思ってたがぼろぼろ泣いた。今は亡きお父さんが大好きで酒のアテにしてた6Pチーズ。東京に住んでいた頃の話。一緒にお酒を飲んだこと。そんなことを話して歌ってくれたこの曲。
去年は某コンビニでバイトしてて、ライブに外れて悔しさでいっぱいになりながら納品された6Pチーズを陳列したこと。一生聴けないんだろうなと思っていたこの曲を今目の前で悠仁が歌ってることになんともいえぬ感情が溢れてしまってどうしようもなかった。
アンコールはハッピーバースデーをみんなで歌って、出てきた悠仁は星で。(笑)

この人のこういうところがわたしはすごく好きです。かっこいい時はかっこよくて、面白い時は面白い、しっかり振り切るところ。かっこいい。
今年は正直やるか悩んだって言ってて、それでも周りに後押しされて結果やることを決意してくれた悠仁。誕生日くらい大好きな家族とゆっくり過ごしたいだろうに、それでもファンのためにこうやってライブをしてくれる。どこまでもサービス精神旺盛な人だからこんなに長く好きでいるんだろうなあとしみじみ思いました。
多分もう二度とないだろうなと思うので、文字に残してみました。あれから半年経ってて記憶もおぼろげなんだけど、本当に幸せだったことだけは胸に残ってるからすごい。この日から1週間ぐらい興奮冷めやらぬ日々が続いたしな。わたしたぶん死ぬ間際に思い出すのはこの日のことだと思うな。
ツアーが延期になってまた会えない日々が続いてるけど、正直しんどいし割とがちで生きる意味がなさすぎてわけわかんないけど、でもやっぱまたあえる日まで、必ず笑顔でまた会いたいから、今は目の前の生活を精一杯頑張ります。
悠仁いつもありがとう。
最後駆け足になっちゃったけどおしまい。

(タイトルはこの曲より)
無印のプラウンマサラにハマってます
いろいろと言葉にするのが難しいので(Twitterには垂れ流してるくせに)時々好きなブロガーさんのブログを覗き見してスター飛ばすくらいしかしてなかったはてなブログをひさびさ引っ張り出してブログを書こうかななんて。
ひさしぶりすぎてなに書いたらいいかわからないのでどうでもいいことをつらつらと。
思えば今年の始まりに書こうとして挫折して以来のブログ。
そう、長年の夢だったDRESS CODEが当たった今年。それこそ4年越しの夢が叶ってこれはブログに書かねばと思い途中まで書いたんだけどあまりの熱量に自分で手に負えなくなり下書きのまま葬り去られてしまった。
ということで成仏させるためにここに載せようと思います。改めて読んだけど自分でも何言ってんだこいつ?という気持ちなので大丈夫です。(なにが?)
気持ち悪いオタクが気持ち悪いことを熱く語ってるので見たくない人は鬼スクロールしてください。そもそも誰か見てるのかこれ?って感じだけど
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好きという気持ちはどれだけ言葉にしても足りないなと思うんだけど、まさにそんな気持ちを持て余しててどうしようもないのでここに書く。北川悠仁がどうしようもなく好きで好きで好きなので、ここに書く。
人生で一番行きたかったライブかもしれないDRESS CODEにやっと行けた。4年越しの想いだったから現実味がなくて、でも確かにあの時間は夢なんかじゃなかった。夢みたいだったけど。
わたしがゆずを好きになって今年で14年が経った。最初は"ゆずの曲"が好きで正直どっちがどっちなのか、どの声がどっちなのか見当もつかなかった。わたしが好きになった当時、ゆずはまだそれほどテレビに露出してなくて、今みたいに携帯一つあれば欲しい情報がすぐ手に入るわけでもなく、やれTwitterだの、Facebookだのインスタだのってもちろんなくて、雑誌やネットのファン掲示板なんかで2人のことを少しずつ知っていくのが主だった。
ゆずが10周年を迎えたあたりから少しずつテレビ出演が増えたり、ゆずMobileがリリースされたりしてそれでも課金制だったから当時中学生の自分にはやっぱり敷居が高かったりしてた。(そういえばユウ様の部屋、しれっと名前変わったよね。)ファンクラブに入ったけど部活があってライブも行けない、グッズの通販があってもほしいものを全部買うなんてできない、そんな年齢だった。
それでもテレビや雑誌なんかで北川悠仁という人間をずっと見てきた。ライブDVDを見て、曲を聴いて、人間性を知った。ファンを大事に思っていること、自分のポリシーがあること、常に好奇心旺盛でアクティブに動いていること、やりたいことに真っ直ぐなこと、魂があること、熱い心を持ってること、相方のことを誰よりも信頼していること、何よりゆずを大事にしていること。
ずっとずっと見てきた。ずっと見てきて、変わらない大好きという気持ちがあって、そんな大好きな大好きな悠仁のお誕生日を悠仁のことが大好きなひだりっこと一緒にお祝いできる。そんな幸せな空間がここに存在してて、その中に自分がいて、世界一好きな人が生まれた日に悠仁が歌う悠仁の好きな曲を聴いてて、これ以上の幸せはないなって。
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というところで終わってた。たぶんみんな思うけど「いやDRESS CODEのこと早く書けよ」っていう誰得なんだ的な文章。この時は本当にDRESS CODEがあまりに最高すぎてマックス興奮状態だったので自分で自分の気持ち悪さに気付けなかったんだと思う。出だしからもう十分気持ち悪いもんね。これをDRESS CODEレポとして世に出そうとしてた自分恐ろしい。
この時はまさか一年以上ゆずに会えなくなるなんて微塵も思ってなかった。あれが今年最後の生悠仁だったのかと思うとそれはそれで幸せである。ピークの北川悠仁だったので。
ちなみにちゃんとレポも書こうとしてた形跡がメモにある。途中で力尽きたのだ。あまりの自分の熱量についていけなくなってしまった。

なんか、誰かを好きな気持ちって冷静にならないと言葉にできないよね。そう思った。あの時本当に北川悠仁が好きで、好きで、本当に好きで、(もちろん今も好きです。24時間365日好きです。)言葉にしようとしても「好き」っていう感情が前のめりになってて自分で自分を置いてけぼりにしちゃってた。6ヶ月経った今、ほんと素晴らしいライブだったと改めて噛み締めることができたので。
そんなDRESS CODEがあって、YUZUTOWNがリリースされて、プロモーションで忙しいゆずくんを追いかける日々も徐々に落ち着いて、リリースライブがなくなって、ツアーが延期になって、ついにアルバムver.のSEIMEIのコーラスが「ヘア!アンダーヘア!」「ええやん!あんたええやん!」と色々な空耳アワーが生まれる中本当はなんて歌ってるのか知れる日は遠ざかってしまった。すべてはコロなんとかのせいで。
それでもゆずくんはMVを週二回公開してくれたり、YouTube LIVE「YOU(JIN)TUBE」をやってくれたり、手洗いブギウギを作ってくれたり(おっとこれはMIZUだった)、"そのときには"をリリースしてくれたり、配信ラジオYUZUCASTをやってくれたり、本当に色んなことをしてくれて。
「ゆずは元気だから心配しないで」と言ってくれて、みんなの心配をしてくれて、そんなゆずがいてくれるから不思議と不安な気持ちはあまりなくて、また絶対会えるから、"そのときには"絶対笑顔で会いたいって思えるし、そう思わせてくれるゆずくんが本当に大好きだと改めて思った。
いつも思ってるけどゆずっこでよかった。今の夢は横浜公演でゆずの2人に「おかえり!」って言うことです。その夢が叶うまでは元気に頑張ります。どうかゆずくんもスタッフの皆さんもゆずっこの方々もみんなお元気で。
またあおうඊ

(無印のプラウンマサラは本当に美味しい)
